2019年

8月

01日

共産党ニュースの・・・

81日】共産党ニュースの・・・

甲賀市議団ニュースでは、「いまだ事件の核心は未解明のまま・・・」617日開票作業の水増し事件の有罪判決があった。鵜飼議員や共産党議員は、事件の真相はいまだに解明されずと市民に対して訴えかけている。裁判所の判断は、警察の捜査、元職員の証言、弁護士の聞き取り(今回議会に提出された書類)等々を加味し、判決に至ったわけであるので、これ以上の真実を求めるのは憶測であって、個人を攻撃する事になる。ふみチャンネル24号(7/28発行)においても詳しく述べている。反対の反対ばかりしている事に呆れ返るばかりである。

 

 機関紙には、結局「秘密会」で市民には明かされず、秘密会の賛成した議員の態度は理解できないとの事、また2/8の委員会で秘密会に反対していた委員が賛成に回るのも不可解であるとも記述されている。誰のことを言っているのか知らないが・・・その時に採決されていたらそのような記述は正確であるが、審議をしていたわけで反対賛成をする場でもなかった。何故なら、4/25の委員会でも決定はされていない。聞き取り内容には齟齬があるとも書かれているが、その齟齬の部分を裁判所がどう判断されたのかは公判から見ても明らかである。議会がそこまでする必要があるのかないのか?私は7/17の委員会(秘密会が行われた日)冒頭でも発言しているが「疑わしいと思われるのなら、取材記事を担当した記者及び担当部局の職員、副市長を参考人招致をするべきでな無かったか?表に出るはずのない聞き取り文章を持っているなら出せばいい。」との意見を述べている。しかし、4/25~7/17までの90日あまり、鵜飼議員も共産党を含む反対している議員からも委員長に対して解明せよとの進言をする姿勢も全く無かった。また、秘密会で示された「報告書」は、弁護士の聞き取りによってえた事実を時系列にまとめたもので、個票を出せ!とまで言う始末。弁護士の聞き取り調査報告書が議員に示されたのだから齟齬があるかないかは、それを持って判断すればいいと考える。問題をうやむやにせず、それぞれの立場を考え秘密会になった経緯を評価したい。

2017年

5月

13日

給食センターの早期完成を!

【5月13日】
ゴールデンウィークも過ぎ、5月からはノーネクタイ、エコスタイルになった。いよいよ夏に向かう。
4/25の全員協議会では、給食センターの候補地が示され、市長公約が進んで来た感じがする。土地取得契約、予算上程とまだまだハードルがあると思うが、変更を決断した以上、老朽化した給食センターに変わる施設の早期完成を目指して頂きたい。
もう一点は、旧用地の利活用をどうするか?が焦点となる。市長も変更するなら案を示さなければならないが、いよいよその提案が6月議会にも示されようとしている。一部の意見として、早急に結論を出さず市民の意見も聞き有効活用を考えるべきである。次期総合計画のパブコメ中なのにその整合性は?また、変更した以上慎重に進めるべきであるとの意見も聞こえてくる。いやいやそうだろうか?当初から変更するなら跡地についてもセットでの考えが必要との意見があったと記憶する。ここに来て早急にことが進むことに何が異論があるのだろうか。この市政運営のスピード感が全く今までになかったことが問題であって、私は評価したいと考える。 
 もう一つの問題点として、合併特例債(約3億円で購入、約30%が市負担)で用地購入している以上期限がある。もし、この機を逸したら特例債を返上、国から受けるべき交付税2億円の返上、何らかの形で用意しなければならない。また、公共用地として取得したにもかかわらず、地権者に対しても説明責任が問われることになる。何れにしろ、市民に向かってしっかりと説明することがまず先決であると考え、私は6月議会への上程は良しとする考えである。
 6月議会まであと20日をきった。市民が主役、市民の声がどこまで反映できるか。思い切った政策転換をもって進める岩永市政をバックアップしていきたい

0 コメント

2017年

4月

28日

日本遺産に信楽

【4月28日】甲賀市観光に活路を見出そう!
日本遺産に信楽焼・忍者が認定され、本日発表された。忍者は甲賀・伊賀を、信楽焼は六古窯の信楽、備前、瀬戸、常滑、丹波、越前の六つの市町にまたがる。また、忍者では伊賀に通ずる、多羅尾代官屋敷も注目される事になる。日本遺産を契機に地域が発展するためには、地域の人達が如何に知恵を出してまちづくりをすすめていくかにかかってくる。
明日からは、駅前陶器市が始まる。一過性の盛り上がりでなく、ビジョンをしっかり立て、ストーリー性のある方向を探っていきたい。

0 コメント

2017年

4月

25日

給食センター変更後・・

【4月25日】給食センター変更後・・
9:30 4月の全員協議会開催された。議会開会に関わらず、毎月1回は開催され執行からの報告を受ける。議事録もなく議員間、行政間の調整会議と捉えたら良い。
今日の議題で一番大きかったのは、給食センターの場所の変更による候補地の決定に対して意見が集中した。教育部局から候補地として数カ所提示し山上地域が良とされ◎の評価であった。
 質疑では、まず、決定地と元候補地(庁舎横)宇田、新城の4カ所についての評価が示されたが、特例債期限内の着工の為そこありきの形で進んでいる。また平成24年3月の議会決定での整合性や商業地域にふさわしくないと言う事項が以前とどうなのか?(私が議員になる前の議論)、議会決定の重みをどう受け止め変更に至ったのか?等々質問が集中した。確か今までの本会議にも出ていた質疑が繰り返し出てくることに、市長との確執の根深さを感じた。
執行サイドの説明として、市長交代による政治判断も含め再度検討した結果、新たな候補地の選定に入り結果として、山上地域に決定したとの答弁。その事は行政に携わる身である部長がどう思われるか?議会で全会一致で反対もなく決定された事にその重みをどう思うのか?議会のメンツの問題の様な発言も出た。また、教育委員の責任論の質問まで・・。10月の選挙での市長公約を市民がどう受けとめるのか、議員として考えるべきである。だからこそ選挙で民意を問い、政策変更に至ったのであって、市長が変われば当然の結果と言える。いつまでも議会の決定を盾に反対意見を続ける事はどちらを向いて政治をしているのか。当然市民からも見放されるであろうと考える。
今までも首長が代わって変更された事はたくさんある。新幹線栗東駅の問題にしても、決定事項が変更に。余談だがその後、嘉田さんに讃美を送っていた政党は埋没していった。
 岩永市長はいつも「自覚者が責任者」「政治は結果責任」と言われている。選挙が示した市民の決断にも誤りがあれば正していく事も必要だが、お互いのわだかまりを捨て、市民のために甲賀を前に進めていくことである。要するに、元の給食センター用地の跡地利用に1日も早く議論を進めて行かなければならないのではないか。議員として執行からの提案を待っているのも良いが、議員が未来の甲賀市に対する想いをぶつけるチャンスでもある。
 今後も私は、議会の一員として市民・行政等々と意見交換をし、提案・チェック機能を果たしていくつもりだ。だからこそ、次のステップへと進んでいくことが大事であると考える。

0 コメント

2017年

3月

31日

忖度があったかあ?なかったか?

 2/16〜3/24まで開かれた第二回定例会(3月議会)において次のようなことがあったので報告したい。

 議会初日、予算特別委員会が設置され委員を選出、委員長に橋本恒典氏が就任され予算について委員会付託された。付託ということは委員会が議会に変わって審査する権限を議長から与えられたことになる。期間は3/7〜3/10までの4日間慎重審議、審査することになった。委員会3日目、健康福祉部の審査で重度身障者施設の設計協議や測量等の

予算が上程されており、議会にも説明ないままに事業が進んでいることに委員から集中的に質問が出た。説明では、県・湖南市との協議から甲賀市内で建設することで合意形成があり用地も含め検討している。31年度末までに完成しなければ間に合わない状況下であるため、今後用地も含め検討していくまた、政策会議では水口警察署跡地を一つの候補としているとの答弁であった。委員からその経緯を説明するようにと資料提供を求めた。翌日、その説明資料が提出、部長答弁では以前から用地選定をしていたが、候補地が決まらず28年7月に警察跡地の用地に湖南市と合意、前中嶋市長の政治的な判断があった答弁。そうならばこの追加資料はわかりづらいとも指摘があった。その後それぞれの審議を終え委員会は賛成多数で終了した。

 委員会終了後、控え室でわかりにくい資料であったと、委員から口々に疑問視する声が出ていた。そこであの資料は的場議長が委員会に提出する前に担当課と協議したとのことを耳にし、総合政策部長、健康福祉部長に議員としての調査権として、提出前の資料があるのか?との質問に、提出前の資料を提示され何故この資料を出さなかったのか。提出資料は議長が訂正を支持したのか?との問いに、そうであるとの答えであった。このことは議長の越権行為であり、直ちに抗議する必要があると考え、3/13橋本委員長あてに文章で提出した。このあとは時系列で。

 

3/13 橋本委員長が議長と相談、明日(3/14)委員長、副委員長から私に経緯を聞くと連絡あり

3/13.18:40 的場議長が自宅へ谷永議員と来られる。抗議文に関して事情説明に、結果として確認したのは

1、この文章を抜いたらどうか?と言った。

2、何故なら10月の選挙の絡みもあったんではないか。

以上2点を谷永議員と確認した。

3/14 正副委員長に経緯を説明し、的場議長にも確認できたと報告

3/22 委員長から、小河さんの言う通り的場議長も認められているとの報告を受けた。そこで、委員長としての判断はどうするのか?議長が謝罪されるんでしょうね。委員会を開かれるんでしょうね。もう一度考えさせて欲しいとの回答であった。

3/23 午後議長室へ、委員長からどのよう伝わっているかわからないので確認に出向く。ことを大きくすることは議会にとってもマイナスなので終わりにしましょう。確認して議長室を後にする。当然委員会を開いて謝罪されると思っていた。

3/24 本会議終了日、委員長から話があるとのことで9:00過ぎに議会へそこで、委員会も開かず、議長の謝罪もなく、委員長として私の抗議を握りつぶすのか?一文いれていただきたいと要請、そうでない限り委員会メンバーとしては異例であるが、質疑をすると委員長に伝えた。

 結局、委員長報告にはなかったので、午後の質疑で質問をした。

1,私が抗議文として出した件、委員長としてどう処理されたか抗議、調査をされたのか。

2,抗議として提出したにもかかわらず何故委員会を開かなかったか。また、委員長報告にすら出さなかった事について

 

その後、直ちに的場議長は休憩、議運の開催、その後予算委員会協議会の開催となった。何故議運が開かれたのか?も問題であるが、委員会協議会でやっと委員会メンバーに私の抗議文が読み上げられ、委員から事実ならと批判が出た。しかし、ここまで事態が進行すると的場議長も認めることはできず、終始相談は受けたが修正しろとは言っていないと言い訳をしていたが、その文章があるのなら提出をするように委員長から要請することに、後日委員会メンバーに配布することが約束された。

 

3/28 全員協議会終了後、委員会協議会が開催され委員に資料提出された。どの委員もこの資料ならわかるとのことで、何故この資料に問題があるのか。この資料で採決が変わる可能性すらあるとの意見も出た。また、この資料と差し替えることが決まった。しかし、委員長は提出した資料を回収すると言い出す始末、回収することがまた疑念を抱くことになるのではとの意見が出たが、後日正式に訂正とし提出することが確認された。今回議長の行った行為で、このようなことになっているにも関わらず副議長だけが出席し議長が出席しないことに批判が出て、ようやく出席した。しかし、的場議長は意見として言っただけで支持はしていないと一点張りの答弁だ。本委員会がここまでも紛糾した責任は議長にあるので謝罪すべきと詰め寄ったが、謝罪はなかった。

 

今回の問題点は、先に物事が決まってから議会に提出したことが原因である。今までもそのようなことがたくさんあったと記憶する。信楽伝統産業会館建築のことも決まってから議会に提出、しかし、新市長としてはその経緯も含め進めていかなければならず、苦渋の決断の上で提出している状況である。今回重心施設も前市長が選挙に関係なく進めていればこんなことのならなかったことになる。選挙期間中市政が一歩も動いていなかったことになる。この時に大きな災害でも起こっていたならばと考えると・・・前市長は選挙中でも現職であったのである。もう1つは、議長が委員会に付託したにも関わらず、資料の文章を抜かせたことである。私や正副委員長には認めているにも関わらず、委員会では訂正指示することはない。100歩譲ってそうであるならば、今世間で言われている忖度があったかなかったかと言うことになるのである。

 

最後に資料として公開するが、その判断は市民の皆さんにも委ねることとする。

0 コメント

2019年

8月

01日

共産党ニュースの・・・

81日】共産党ニュースの・・・

甲賀市議団ニュースでは、「いまだ事件の核心は未解明のまま・・・」617日開票作業の水増し事件の有罪判決があった。鵜飼議員や共産党議員は、事件の真相はいまだに解明されずと市民に対して訴えかけている。裁判所の判断は、警察の捜査、元職員の証言、弁護士の聞き取り(今回議会に提出された書類)等々を加味し、判決に至ったわけであるので、これ以上の真実を求めるのは憶測であって、個人を攻撃する事になる。ふみチャンネル24号(7/28発行)においても詳しく述べている。反対の反対ばかりしている事に呆れ返るばかりである。

 

 機関紙には、結局「秘密会」で市民には明かされず、秘密会の賛成した議員の態度は理解できないとの事、また2/8の委員会で秘密会に反対していた委員が賛成に回るのも不可解であるとも記述されている。誰のことを言っているのか知らないが・・・その時に採決されていたらそのような記述は正確であるが、審議をしていたわけで反対賛成をする場でもなかった。何故なら、4/25の委員会でも決定はされていない。聞き取り内容には齟齬があるとも書かれているが、その齟齬の部分を裁判所がどう判断されたのかは公判から見ても明らかである。議会がそこまでする必要があるのかないのか?私は7/17の委員会(秘密会が行われた日)冒頭でも発言しているが「疑わしいと思われるのなら、取材記事を担当した記者及び担当部局の職員、副市長を参考人招致をするべきでな無かったか?表に出るはずのない聞き取り文章を持っているなら出せばいい。」との意見を述べている。しかし、4/25~7/17までの90日あまり、鵜飼議員も共産党を含む反対している議員からも委員長に対して解明せよとの進言をする姿勢も全く無かった。また、秘密会で示された「報告書」は、弁護士の聞き取りによってえた事実を時系列にまとめたもので、個票を出せ!とまで言う始末。弁護士の聞き取り調査報告書が議員に示されたのだから齟齬があるかないかは、それを持って判断すればいいと考える。問題をうやむやにせず、それぞれの立場を考え秘密会になった経緯を評価したい。

2017年

5月

13日

給食センターの早期完成を!

【5月13日】
ゴールデンウィークも過ぎ、5月からはノーネクタイ、エコスタイルになった。いよいよ夏に向かう。
4/25の全員協議会では、給食センターの候補地が示され、市長公約が進んで来た感じがする。土地取得契約、予算上程とまだまだハードルがあると思うが、変更を決断した以上、老朽化した給食センターに変わる施設の早期完成を目指して頂きたい。
もう一点は、旧用地の利活用をどうするか?が焦点となる。市長も変更するなら案を示さなければならないが、いよいよその提案が6月議会にも示されようとしている。一部の意見として、早急に結論を出さず市民の意見も聞き有効活用を考えるべきである。次期総合計画のパブコメ中なのにその整合性は?また、変更した以上慎重に進めるべきであるとの意見も聞こえてくる。いやいやそうだろうか?当初から変更するなら跡地についてもセットでの考えが必要との意見があったと記憶する。ここに来て早急にことが進むことに何が異論があるのだろうか。この市政運営のスピード感が全く今までになかったことが問題であって、私は評価したいと考える。 
 もう一つの問題点として、合併特例債(約3億円で購入、約30%が市負担)で用地購入している以上期限がある。もし、この機を逸したら特例債を返上、国から受けるべき交付税2億円の返上、何らかの形で用意しなければならない。また、公共用地として取得したにもかかわらず、地権者に対しても説明責任が問われることになる。何れにしろ、市民に向かってしっかりと説明することがまず先決であると考え、私は6月議会への上程は良しとする考えである。
 6月議会まであと20日をきった。市民が主役、市民の声がどこまで反映できるか。思い切った政策転換をもって進める岩永市政をバックアップしていきたい

0 コメント

2017年

4月

28日

日本遺産に信楽

【4月28日】甲賀市観光に活路を見出そう!
日本遺産に信楽焼・忍者が認定され、本日発表された。忍者は甲賀・伊賀を、信楽焼は六古窯の信楽、備前、瀬戸、常滑、丹波、越前の六つの市町にまたがる。また、忍者では伊賀に通ずる、多羅尾代官屋敷も注目される事になる。日本遺産を契機に地域が発展するためには、地域の人達が如何に知恵を出してまちづくりをすすめていくかにかかってくる。
明日からは、駅前陶器市が始まる。一過性の盛り上がりでなく、ビジョンをしっかり立て、ストーリー性のある方向を探っていきたい。

0 コメント

2017年

4月

25日

給食センター変更後・・

【4月25日】給食センター変更後・・
9:30 4月の全員協議会開催された。議会開会に関わらず、毎月1回は開催され執行からの報告を受ける。議事録もなく議員間、行政間の調整会議と捉えたら良い。
今日の議題で一番大きかったのは、給食センターの場所の変更による候補地の決定に対して意見が集中した。教育部局から候補地として数カ所提示し山上地域が良とされ◎の評価であった。
 質疑では、まず、決定地と元候補地(庁舎横)宇田、新城の4カ所についての評価が示されたが、特例債期限内の着工の為そこありきの形で進んでいる。また平成24年3月の議会決定での整合性や商業地域にふさわしくないと言う事項が以前とどうなのか?(私が議員になる前の議論)、議会決定の重みをどう受け止め変更に至ったのか?等々質問が集中した。確か今までの本会議にも出ていた質疑が繰り返し出てくることに、市長との確執の根深さを感じた。
執行サイドの説明として、市長交代による政治判断も含め再度検討した結果、新たな候補地の選定に入り結果として、山上地域に決定したとの答弁。その事は行政に携わる身である部長がどう思われるか?議会で全会一致で反対もなく決定された事にその重みをどう思うのか?議会のメンツの問題の様な発言も出た。また、教育委員の責任論の質問まで・・。10月の選挙での市長公約を市民がどう受けとめるのか、議員として考えるべきである。だからこそ選挙で民意を問い、政策変更に至ったのであって、市長が変われば当然の結果と言える。いつまでも議会の決定を盾に反対意見を続ける事はどちらを向いて政治をしているのか。当然市民からも見放されるであろうと考える。
今までも首長が代わって変更された事はたくさんある。新幹線栗東駅の問題にしても、決定事項が変更に。余談だがその後、嘉田さんに讃美を送っていた政党は埋没していった。
 岩永市長はいつも「自覚者が責任者」「政治は結果責任」と言われている。選挙が示した市民の決断にも誤りがあれば正していく事も必要だが、お互いのわだかまりを捨て、市民のために甲賀を前に進めていくことである。要するに、元の給食センター用地の跡地利用に1日も早く議論を進めて行かなければならないのではないか。議員として執行からの提案を待っているのも良いが、議員が未来の甲賀市に対する想いをぶつけるチャンスでもある。
 今後も私は、議会の一員として市民・行政等々と意見交換をし、提案・チェック機能を果たしていくつもりだ。だからこそ、次のステップへと進んでいくことが大事であると考える。

0 コメント

2017年

3月

31日

忖度があったかあ?なかったか?

 2/16〜3/24まで開かれた第二回定例会(3月議会)において次のようなことがあったので報告したい。

 議会初日、予算特別委員会が設置され委員を選出、委員長に橋本恒典氏が就任され予算について委員会付託された。付託ということは委員会が議会に変わって審査する権限を議長から与えられたことになる。期間は3/7〜3/10までの4日間慎重審議、審査することになった。委員会3日目、健康福祉部の審査で重度身障者施設の設計協議や測量等の

予算が上程されており、議会にも説明ないままに事業が進んでいることに委員から集中的に質問が出た。説明では、県・湖南市との協議から甲賀市内で建設することで合意形成があり用地も含め検討している。31年度末までに完成しなければ間に合わない状況下であるため、今後用地も含め検討していくまた、政策会議では水口警察署跡地を一つの候補としているとの答弁であった。委員からその経緯を説明するようにと資料提供を求めた。翌日、その説明資料が提出、部長答弁では以前から用地選定をしていたが、候補地が決まらず28年7月に警察跡地の用地に湖南市と合意、前中嶋市長の政治的な判断があった答弁。そうならばこの追加資料はわかりづらいとも指摘があった。その後それぞれの審議を終え委員会は賛成多数で終了した。

 委員会終了後、控え室でわかりにくい資料であったと、委員から口々に疑問視する声が出ていた。そこであの資料は的場議長が委員会に提出する前に担当課と協議したとのことを耳にし、総合政策部長、健康福祉部長に議員としての調査権として、提出前の資料があるのか?との質問に、提出前の資料を提示され何故この資料を出さなかったのか。提出資料は議長が訂正を支持したのか?との問いに、そうであるとの答えであった。このことは議長の越権行為であり、直ちに抗議する必要があると考え、3/13橋本委員長あてに文章で提出した。このあとは時系列で。

 

3/13 橋本委員長が議長と相談、明日(3/14)委員長、副委員長から私に経緯を聞くと連絡あり

3/13.18:40 的場議長が自宅へ谷永議員と来られる。抗議文に関して事情説明に、結果として確認したのは

1、この文章を抜いたらどうか?と言った。

2、何故なら10月の選挙の絡みもあったんではないか。

以上2点を谷永議員と確認した。

3/14 正副委員長に経緯を説明し、的場議長にも確認できたと報告

3/22 委員長から、小河さんの言う通り的場議長も認められているとの報告を受けた。そこで、委員長としての判断はどうするのか?議長が謝罪されるんでしょうね。委員会を開かれるんでしょうね。もう一度考えさせて欲しいとの回答であった。

3/23 午後議長室へ、委員長からどのよう伝わっているかわからないので確認に出向く。ことを大きくすることは議会にとってもマイナスなので終わりにしましょう。確認して議長室を後にする。当然委員会を開いて謝罪されると思っていた。

3/24 本会議終了日、委員長から話があるとのことで9:00過ぎに議会へそこで、委員会も開かず、議長の謝罪もなく、委員長として私の抗議を握りつぶすのか?一文いれていただきたいと要請、そうでない限り委員会メンバーとしては異例であるが、質疑をすると委員長に伝えた。

 結局、委員長報告にはなかったので、午後の質疑で質問をした。

1,私が抗議文として出した件、委員長としてどう処理されたか抗議、調査をされたのか。

2,抗議として提出したにもかかわらず何故委員会を開かなかったか。また、委員長報告にすら出さなかった事について

 

その後、直ちに的場議長は休憩、議運の開催、その後予算委員会協議会の開催となった。何故議運が開かれたのか?も問題であるが、委員会協議会でやっと委員会メンバーに私の抗議文が読み上げられ、委員から事実ならと批判が出た。しかし、ここまで事態が進行すると的場議長も認めることはできず、終始相談は受けたが修正しろとは言っていないと言い訳をしていたが、その文章があるのなら提出をするように委員長から要請することに、後日委員会メンバーに配布することが約束された。

 

3/28 全員協議会終了後、委員会協議会が開催され委員に資料提出された。どの委員もこの資料ならわかるとのことで、何故この資料に問題があるのか。この資料で採決が変わる可能性すらあるとの意見も出た。また、この資料と差し替えることが決まった。しかし、委員長は提出した資料を回収すると言い出す始末、回収することがまた疑念を抱くことになるのではとの意見が出たが、後日正式に訂正とし提出することが確認された。今回議長の行った行為で、このようなことになっているにも関わらず副議長だけが出席し議長が出席しないことに批判が出て、ようやく出席した。しかし、的場議長は意見として言っただけで支持はしていないと一点張りの答弁だ。本委員会がここまでも紛糾した責任は議長にあるので謝罪すべきと詰め寄ったが、謝罪はなかった。

 

今回の問題点は、先に物事が決まってから議会に提出したことが原因である。今までもそのようなことがたくさんあったと記憶する。信楽伝統産業会館建築のことも決まってから議会に提出、しかし、新市長としてはその経緯も含め進めていかなければならず、苦渋の決断の上で提出している状況である。今回重心施設も前市長が選挙に関係なく進めていればこんなことのならなかったことになる。選挙期間中市政が一歩も動いていなかったことになる。この時に大きな災害でも起こっていたならばと考えると・・・前市長は選挙中でも現職であったのである。もう1つは、議長が委員会に付託したにも関わらず、資料の文章を抜かせたことである。私や正副委員長には認めているにも関わらず、委員会では訂正指示することはない。100歩譲ってそうであるならば、今世間で言われている忖度があったかなかったかと言うことになるのである。

 

最後に資料として公開するが、その判断は市民の皆さんにも委ねることとする。

0 コメント
カウントダウンタイマー
信楽町観光協会
信楽町観光協会
カウントダウンタイマー